カトマンズ一番の繁華街タメル地区とフジホテル

エベレスト街道トレッキングで突然予期せぬ高山病に襲われ、急ぎカトマンズに戻ってきた。予定通りであれば、この日はルクラのロッジに宿泊して翌朝一番の便でカトマンズに戻るはずだったのだが、標高2800メートルのルクラと1400メートルのカトマンズを比べれば、なるべく早くカトマンズに戻ってきた方がよいということで、1日早くカトマンズに戻ってきた。

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翌日泊まるホテルはもちろん事前に予約してあったが、この日泊まるホテルは予定外のため予約していない。しかし、旅行会社の方が急ぎで手配してくれた。

タメル地区にあるフジホテル。もともとはフジ・ゲストハウスという名前だったそうだが、リニューアルしてホテルに変わったそうだ。その名前からも分かる通り、日本人宿泊客が多く、フロントのスタッフも日本語を話せて、安心だ。

タメル地区は、カトマンズで一番の繁華街だ。私は高山病だったので正直観光どころではなかったが、タメル地区を散策するにはもってこいの好立地だ。リーズナブルだし、日本語サービスで安心だし、繁華街へのアクセスはいいし、オススメできるホテルだ。

部屋はこんな感じで広々としている。

朝食のビュッフェは外のテラスでも食べられる。すぐそこのタメルの喧騒を感じながらコーヒーすするのも悪くない。

私の部屋は5階だったのだが、同じフロアにルーフトップスペースみたいな場所もあった。風が気持ちいい。

ホテルに到着した日は、15時頃にチェックインしたのだが、高山病が治っているのか治っていないのか、そんなことも分からない状況で、部屋に入るやいなやベッドに倒れ込んで爆睡した。そりゃそうだ。この日の朝はほんとに死にそうだったわけだから。まだそれから10時間も経っていない。

着替えもせずに15時頃から爆睡して、起きたのは翌朝の8時だった。17時間もぶっ通しで寝てしまったのか。

ただ、この睡眠のおかげで、完治とまではいかないまでも、高山病はどこかに消え、かなり体調が戻った。

その後、フロントでガイドと会い、カトマンズ観光に出かけた。昨日までぶっ倒れていたのに観光なんて大丈夫か、病院には行かなくて大丈夫か、という気もしたが、ガイドとも相談したところ、高山病は通常、標高を下げると治るもので、いま体調がいいのであれば治っているはずだということ。また、もし観光の途中でまた気分が悪くなったりしたら、それはまた何か別の病気の可能性もあるのでその際は病院に行こう、と。

ということで、観光に出たわけだが、一応、けっこうきつい階段とかを登るのは避けようということになった。スワヤンブナート寺院という、丘の上に建つ世界遺産にも行く予定だったのだが、ここは階段を上ることになるので残念ながらパスすることになった。

タメル地区の喧騒

フジホテルを出ると、そこはクラクションが鳴り響くカトマンズ一番の繁華街だ。街の雰囲気や騒々しさはインドにも似ているが、インドよりはもう少しこじんまりしている感じだ。人も正直インドより良さそうな印象を受ける。

細い路地が多いが、おかまいなしに車やバイクやリキシャ―が駆け抜ける。


土産物屋が多い。ガイドに聞くと、タメルは基本的に観光客の街だそう。地元の人はここではなく、もっと奥の方に入ったところでよく買い物するのだそう。そこまでブラブラ歩いていくことになった。

しばらく歩くと、ちょっとした広場に出た。タヒティ・チョークという場所らしい。野菜を運んでいるおじさんが何ともいい。ここから、アサン・チョークという辺りまで、地元の人が買い物にくるマーケットが密集しているそうだ。

実にいろいろなものが売られていて、面白い。やはり、旅の醍醐味のひとつは、こうやって地元の人のリアルな生活の一部を見られることだな、と改めて感じた。私は個人的には、こういう、きれいではないけれど、アジアな現場が好きだ。自分が生きていることを感じられる。

そして、アサン・チョークに出た。

ここから世界遺産のダルバール広場までは歩いてもう少し。ワクワクしながら歩き続けた。体調はいつの間にか戻っていた。

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Author: admin

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