世界遺産ダルバール広場と「生き神クマリ」

高山病に襲われてカトマンズに戻ってきて17時間爆睡の後、私は宿泊したタメル地区から歩いてディープな通りを通って、世界遺産のダルバール広場に到着した。

「ダルバール広場」。エベレストトレッキング中に夢中になって食べまくっていた「ダルバート」とこんがらがる。どっちがダルバールでどっちがダルバートだったか、未だに混乱してしまう。

「ダルバール」というのは、ネパール語で「宮廷」という意味だそうだ。この「ダルバール広場」、カトマンズの他にも、パタンとバクタプルという近郊都市にも同じ名前のダルバール広場が存在する。だから、ガイドブックを見ていると何度もダルバール広場が出てくるし、料理のダルバートも出てくるし、とにかくややこしいのである(笑)

15世紀~18世紀頃、カトマンズ盆地のカトマンズ、パタン、バクタプルという3つの都市に3つのマッラ王朝が出来、それぞれの王が競い合って「ダルバール広場」を建てたらしく、さすが豪華絢爛な宮殿なのだ。

だが、悲しいことに、2015年4月のネパール大地震により、ダルバール広場にあった多くの寺院や建物が壊れ、いまだ修復途中のもの、全く手が付けられていないものもある。

ダルバール広場をぐるっと歩いていると、「クマリの館」という場所にたどり着いた。私は何の事前知識もなくここに来たのだが、ガイドによると、ここには「生き神」であるクマリという少女が住んでいるんだと言う。

狭い門をくぐり抜けると、中庭がある。建物は木彫りの窓枠が非常に美しい3階建ての建物だ。中庭には、こんなに人がいたのか、と思うほど、観光客が密集していて、皆、上の方を眺めている。聞くと、生き神のクマリがみんなに挨拶に顔を出すのだと言う。え、そんなことってあるのか、そもそも生き神って・・・と思っていたら、本当にかわいらしい少女が顔を出した。非常に美しい化粧と美しい服をまとって、ほんの数秒だけ顔を出した。

生き神の撮影は厳禁だ。さんざん撮影は不可とアナウンスされて、むしろ物々しい雰囲気になっていたのだが、中国人観光客が隠し撮りをしていたようで、スタッフに指摘されて、すぐに生き神は姿を隠してしまった。あっという間の出来事だった。

「地球の歩き方」によると、クマリは「ネワール仏教徒の僧侶カーストであるサキャの家族から、初潮前の、けがや病気の跡のない、美しく利発な少女が選ばれる。選ばれたあとは、両親のもとから引き離され、神としての振る舞い方を教え込まれる。日常的にはクマリの館に住み、人々の病気治療や願望成就の祈願、占いなどを行う。クマリの山車巡行は、町の邪気を払い、人々に繁栄と成功の力を与えると信じられてきた」とのこと。

私は「生き神」というのをこの目で見たのははじめてだったので、いろいろと思うこと・感じることがあった。だって、本当に小さいのだ。まだ10歳いっているかいっていないか、くらいの本当に小さい少女なのだ。

信仰というのはすごいものだ。いわば無宗教の我々日本人は、クリスマスやハロウィーンを祝ったと思えば、お盆に墓参りをしたりもする。結婚式は教会で挙げ、神社に初詣に行き、お寺を巡ったりもする。そんな我々日本人からすると、最も遠い価値観かも知れないが、世界は信仰でできているといっても過言ではない。だから生きがいも持てるし、逆に争いも絶えないわけだ。

日本だって、つい70年前まで、天皇を神様だと本当に信じて崇めてきたわけだ。何が正しくて何が間違っている、何が古くて何が新しい、なんてことは本当に分からないし、そんな真実は信じる人の心にしか存在しない。

島国日本、単一民族・単一言語・単一価値観と言われる日本から出て、こういう世界の価値観や文化に触れることは本当に面白い。

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Author: admin

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