【おとなのバックパック】インド・バラナシの旅 ⑧仏教はここから世界に広まった – 四大聖地の1つサルナート

バラナシから北へ10キロ行ったところに「サルナート」という街がある。ここは仏教の聖地であると聞き、せっかくなのでバラナシから車で行ってみることにしました。

最初にガンジス川に着いた時に車からボートに乗り換えた「ラージガート」から、車で約30分。サルナート遺跡公園という場所に到着しました。

サルナート遺跡公園

着きました。ここがサルナート遺跡公園。

広々とした公園で、芝が敷かれ、歩道もきれいに整備されています。

外の喧騒とは何だか別世界で、すごく静かで鳥のさえずりが聞こえてきます。

ここサルナートは、仏教の「四大聖地」の1つとされていて、お釈迦さまが悟りを開いた後、はじめて説法を行った場所だそうで、「初転法輪」の地と呼ばれています。鹿がたくさん生息していたと言われるこのあたりで、お釈迦さまが5人の修行僧に対してはじめて説法を行ったのだそうです。ここから教団化がはじまっていき、この場所からのちに世界中に仏教が広がっていった、という場所なのです。

調べてみて分かったのですが、悟りを開く前、お釈迦さまはこの5人の修行僧と一緒に苦行を長年続けていたのだそうなのですが、「苦行のための苦行では意味がない」と山を下りたのだそうです。悟りを開いた後、お釈迦さまがこの5人にこの地ではじめて説法をすることになるわけなのですが、5人の修行僧は修行をやめて山を下りたお釈迦さまを最初は無視しようとしたそうですが、悟りを開いたお釈迦さまのあまりの神々しいオーラに、教えを授かることを決めたそうです。

周りにいた鹿たちまでも、説法に耳を向けた、と言い伝えられているそうで、このあたりは「鹿野苑」とも呼ばれているそうです。

ちなみに、仏教の四大聖地は下記の場所です。

  • ルンビニ(ネパール):お釈迦さまの生誕の地
  • ブッダガヤ(インド):お釈迦さまが悟りを開いた地
  • サルナート(インド):お釈迦さまがはじめて説法を行った地
  • クシナガラ(インド):お釈迦さまが亡くなった地

正面に見えているのが「ダメークストゥーパ」という有名な仏塔です。

この仏塔のあたりが、お釈迦さまがはじめて説法を行った場所にあたると言われています。

ちなみに、お釈迦さまが亡くなったのが紀元前6世紀頃ですが、その後、紀元前3世紀頃、マウリヤ朝のアショカ王という王様(はじめてインドを統一した王様)が、仏教を全土に普及させようと仏塔をインド各地に建設したそうです。

アショカ王は、もともとは非常に残忍な王様だったそうですが、あるとき仏教の僧からの教えを聞いて、今までの残忍な行動を悔い、ダルマ(仏教の教えを取り入れた法)に基づいた統治を行うとともに、インド全土及び周辺各国への仏教の普及に尽力をしたそうです。

たとえば、王子を隣国のスリランカに派遣して仏教を普及させたり、ミャンマーにも普及させるなどして、東南アジア地域にも広がっていったそうです。

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ちなみに、7世紀頃に日本でも有名な三蔵法師もここサルナートを訪れているそうです。

アショカ王がこの初転法輪の地に建てた尖塔(石柱)も一部残っています。屋外ですが、非常に貴重なものなので、ガラス張りになっています。

サルナート考古学博物館

このサルナート遺跡公園の目の前にあるのが、サルナート考古学博物館です。

仏教の聖地であるサルナートでは多くの仏像が出土したそうで、この周辺で出土した貴重なものが多く展示されています。

荷物はゲートで預けます。スマホも持ち込み禁止なのですが、なぜかデジカメはOKということに。動画はNGらしいですが、デジカメで撮影する写真はOKだそうです。なんでだろう?

エントランスを入ってすぐ正面にドドーンと展示されているのが、ライオン像です。これは、インドの硬貨に彫られているインドの国章のライオン像の本物です。先程サルナート遺跡公園で見たガラス張りの石柱(紀元前250年頃にアショカ王の命により作られたもの)の上部に乗っていたのがこのライオン像で、インドの国宝の中で最も貴重だと言われているそうです。

すごく貴重なものを見ることができて嬉しいですが、エントランス入ってすぐのところなので風も入ってきますし、触れようと思えば触れてしまえそうな距離に展示されているのがなんともインドっぽいです笑

ここサルナートで多く出土した貴重な仏像(サルナート仏と呼ばれるらしい)の中で最高傑作と呼ばれているのが、この「初転法輪像」だそうです。

仏教の変遷はおもしろい

いやー、仏教の変遷を調べながら書いていたら、これはすごく面白いなと思えてきました。例えて言うならば現代のインフルエンサーみたいなものですからね。インターネットもメディアもない時代に、どうやって人々の価値観を変えてコミュニティ化していくことができたのか。

インドで生まれた仏教が、スリランカへ伝播したのは紀元前3世紀のアショカ王の努力によるものだったのか、とか、東南アジアへの伝播もそうだったのか、とか。

東南アジアに関しては、ミャンマーに普及されたのはアショカ王の時代だそうですが、タイの仏教を見てみると、一番仏教が花開いたのは13世紀のスコータイ王朝だったとか。どういう経緯なのか気になってきました。こんどタイに行った時に調べてみます。

インドネシアはイスラム教がメインですが、ボロブドゥールという仏教遺跡があり、いつ頃どのようにインドから仏教が伝播していったのか。これも調べてみないとですね。

カンボジアも仏教徒が多い国だそうですが、アンコールワットはヒンドゥー教の寺院ですよね。

インドもマジョリティはヒンドゥー教です。もとを辿ると、紀元前2500年くらいのインダス文明のあと、紀元前1500年くらいにアーリヤ人という人たちがインド北西部から入ってきたのですが、そのアーリヤ人が信仰していたのがバラモン教という宗教でした。カースト制度もこのバラモン教から生まれたものです。お釈迦さまは、このバラモン教の身分差別主義に反対し、人間の価値は身分ではなく行いによって決まるものだ、と説いたわけです。

その後、アショカ王が仏教普及に努めてインド全土に仏教が普及したわけなのですが、その後はバラモン教と仏教の争いが絶えず、バラモン教は王権と繋がってヒンドゥー教へと変化していったそうです。いわゆる多神教と呼ばれていて、様々な宗教を吸収しながら大きくなっていったそうで、広い意味ではお釈迦さまもヒンドゥー教の多くの神の1人として内包されてしまっているそうです。現代風に言うならば、いわゆるマウントされた、ってやつですね。現在のインドでは仏教徒というのはごくわずかしかいません。

うーん、世界史って奥が深いなあ。もともとそんなに好きなわけではないんですが、今夜はなぜだか好奇心が湧いてきてしまって、高校生以来です、こんなに世界史を勉強したの笑。

今後の「おとなのバックパック」でも仏教の変遷とかをたまに取り上げていきます。

あとは、食の変遷にも興味があるので、そのあたりも徐々にやっていきます。

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Author: admin

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